ユニヴァーサル・スタジオ・ウォークに映画『フォレスト・ガンプ』をモチーフにしたレストランがあって、壁にはエルヴィス・プレスリーのポスターが貼ってある。レジーには58年再リリースのクリスマスアルバムのジャケットが飾ってある。そのジャケットは数あるクリスマス・アルバムの中でも一番好きなものだ。

このレストランのジャケットのそれは欲しかったアルバムで、思わず"これ売ってください"と言いたいところだが、多くの方が目にすることで、エルヴィスの存在感に触れていただく方がいいので、大人しくしている。
もちろん言っても売りはしないだろう、お店にとっては貴重なオブジェだ。
映画を観た方なら記憶されているだろうが、主人公の家庭教師がエルヴィスという設定だった。劇中、<ハウンド・ドッグ>を歌うエルヴィスが映し出される。
今も昔もクリスマス・シーズンにはクリスマスレコードが並ぶ。時を経てもエルヴィスのそれは中でも異質。当たり前だ、<ハートブレイク・ホテル><ハウンド・ドッグ><監獄ロック>を歌っている人が歌っているのだ。どんなにひどいものか、ひどくはなくても変わっていそうなそれは財布のヒモと格闘が続き、『フロリダ万才』のスチールを使用したEP盤どまりのまま。内容は文句なし、大のお気に入りだったが、アルバムはタイミングがずれて買い損ない、遂に紙ジャケット盤まで手にすることはなかった。(紙ジャケシリーズ万才!嬉しくて積年の想いが爆発、クリスマス・アルバムを3枚買ってしまったぞ!)
1968年テレビ・スペシャルが企画されるにあたって、エルヴィスのマネジャー、トム・パーカー大佐は「クリスマスソングを歌う」企画を持ち出し、プロデューサー、スティーブ・バインダーと対立した。スティ-ブ・バインダーは「そんなことをしたらエルヴィスは終わりだ」と反論。
それはエルヴィスは誰からも愛される存在であり、ドル箱である「芸能」のポリシーとエルヴィスはアメリカが誇る貴重な「芸術」のポリシーとの対立だった。
エルヴィスはクリスマスアルバムについては自ら進んで録音したものではなかったと言われている。
その理由の本当が何であるかはともかく、結果的にエルヴィスの不機嫌そうなまなざしのジャケットから飛び出して匂っていたのは、インデペンデントなものだった。聴覚的、視覚的に世間の人々を不安にさせたエルヴィスのそれはクリスマスソングでないクリスマスソングを作ろうとしたものだ。それが意図したものかどうかはともかくとして。
ストイックでアグレシップ。凍てついた冬の雪景色に見える”ホーム”を眺めている不良のクリスマスであって、暖炉の前のクリスマスではない。脳の淀みをかき回し、背中から手を押して違う場所から観てごらんと語りかける孤独の痛さと希望を発見する詩であった。
事実、発表当時<ホワイト・クリスマス>の作者アーヴィン・バーリンは自分の曲が不当な表現によって歌われているとして主たるラジオ局に放送禁止処置を依願。神を冒涜していると、全米、カナダの世間を揺るがしたばかりか、無視して放送したDJは解雇されたりもした。しかし放送禁止騒動もいまとなってはエルヴィスを飾るオ-ナメントでしかない。
今年世界的にヒットしたベスト・アルバム『ELVIS 30#1 HITS』だが、ここに収録されなかった、もうひとつのナンバーワンが<ブルー・クリスマス>だ。1964年ビルボードのスペシャル・クリスマス・シングル・チャートでナンバー1を獲得。累計販売枚数は2000万枚を突破している。
プルー・クリスマスさ
君がいなければ
ブルーな気分さ
君を思って
緑色のツリーに飾られた
赤いデコレーションも
どことなくいつもと違う
君が一緒にいなけれぱ
そしてブルーの雪が
降りだした時
悲しい思い出が
少しずつよみがえる
*きっと君は楽しく過ごす
このホワイト・クリスマス
でも僕にとってはブルー
ブルー、ブルー、ブルー・クリスマス
*くり返し
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I'll have a blue Christmas
Without you
l'll be so blue just thinking
About you Decorations of red
On a green Christmas tree
Won't be the same dear
If you're not here with me
And when those blue snow flakes
Start falling That's when those blue memories
Start calling
*You'll be doing all right With your Christmas of white
But l'll have a blue
Blue blue blue Christmas
* Repeat
1957年11月にアルバムと<ブルー・クリスマス>を収録したEP盤が同時リリース。翌58年にもジャケットを変更してアルバムとEP盤を再リリースされたが、EP盤は全曲入れ替えられた。
64年に<さらばふるさと>をB面にしてシングルカットしてリリースされた。このシングルがアメリカでチャートナンバーワンになったものだ。(本ページトップのジャケット、日本盤はなく、ジャケットも使用されていない)
翌65年には<サンタが町に来る>をB面にして再リリースされた。66年には新作<毎日がクリスマスなら>をシングルリリース、B面に『ヤング・ヤング・パレード』からの<ハウ・ウッド・ユー・ライク・ビー>が収録された。
日本盤は57年11月に<ホワイト.クリスマス><サンタクロースがやってくる>をAB面にしたシングルと<ブルークリスマス>を収録したEP盤。58年11月にEP盤、59年10月に<ブルー・クリスマス><サイレントナイト>のカップリングでリリースされた。
<ブルークリスマス>に限らず<サンタが町にくる><クリスマスは我が家で>など、収録曲のどの曲も、甲乙つけがたい素敵。エルヴィスらしく、サビをストレートにぶつけて、聴く人の心と身体に自らの心と身体をぶつけているのが魅力。
空にばらまいた涙のしずくたちが、凍てついて星になってーーー痛みと希望に変わろうと壊れながらにも、チカチカ点滅している。
60年代になって映画、映画、映画の暮らしが続いて、いつの間にか芸術から芸能に変わったのか、スティーブ・バインダーは芸能にまみれたエルヴィスの中から芸術のエルヴィスを探した。しかしなんのことはない、演出無用、エルヴィス・プレスリーは存在そのものが芸術だったことが”シット・ダウン・ショー”で露呈された。周りがどのように騒ごうが、不思議なことに「芸能」と「芸術」の境界を抜けて我関せず、自然なままにエルヴィスは立っているのではないだろうか?そしてそこでも<ブルー・クリスマス>が歌われた。
1957年盤最初のクリスマス・アルバムに潜んでいるのは、どれも不良ばかりにしても、女が泣いていたら一緒に泣いてやれる奴、こどもには自分がヒーロー、プリンセスと思わせることのできる奴、お年寄りには自分の息子だと思わせてあげる奴ーーー。
そうと思ってか、思わずか、クリスマスにエルヴィスの歌をプレゼントしようとしている人たちがいる。
いま病床のエルヴィス大好き姉さんに、若い時から心配かけ続けて悩ませた弟さんから、何ものにも変えようのない感謝の気持ちと、元気になってほしい願いを込めて、笑顔のキングの写真をジャケットにした手作りのCDを、57才から60才へ。
ある人は彼の愛に応えようと決心して、ハート型のキャンドルに<バーニング・ラブ>と<ハートに火をつけて>をコラボにしたCDを添えて、21才から26才へ。
本当のところ、禁じ手だけど、お金の問題じゃない。ただひとつの自分のココロを楽曲にただただ織込みたいだけ。エルヴィスの優しさに育まれた”人への気持ち”の様、「ごめんなさい」とココロで謝りながらエルヴィスの力を人生の大事に借りる。
あー、音楽が響いている。
走れ、トナカイ、エルヴィスを乗せて。