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「そのままでいいんだよ」と言ってくれる歌だ。
「よし、いくぞ!」よりも速いひとこと。
"Wool"------パンクスたちが叫んだ”Fuck You"よりも強い痛快な一撃。20年の屈折。憂鬱と閉塞感が大気中に解放される。シャンペンの栓を抜く音。弾ける声。ブルースの進撃。ハードロックが粉々になる声。どこまでも転がって行く声。楽器になった声がバウンドしている音。歓喜するしかないレコードだ。
呼吸がリズムを刻む。心臓がうねっている。喜んでいる息。誰かのために歌っているわけじゃないことが分かる呼吸。呼吸が頬笑んでいる。自分のための歌。
それが嬉しいのは、身体は自分のためにあるのだと、精神は自分のためにあるんだと、教えてくれるからだ。
アイ・ガット・ア・ウーマン。最初にして、最期にして、最強の言葉「フリーダム!」がスカートの下に隠されている。10時間かけて探している夜と朝。ボリュームを上げる。
最初の音の重要性はいまも同じだ、「よし、いくぞ!」はロックンロールであるための約束だ。聴くもののテンションを最大限に引き上げ、一気に解放し、共振するためには、全身全霊を引き付けるサウンドでなければならない。エルヴィスはそれを最初に、しかも肉声で、唐突にやってのけた。装置らしいものがなかった時代、螺旋階段で歌うことでエコー効果も引き出した。それがロックンロールの最初の出発点だった、
ロックンロールの幸福。エルヴィス・プレスリーの真髄。ビル・ブラックの真髄。スコティ・ムーアの真髄。すべてがひとつになって動いている。「少年たち」の背骨がひとつになったフックだらけの演奏。変幻自在、声の音色は恍惚へ誘う。誠実なダンスに歓喜しよう。ギターリフと一緒に歌おう。歌いながら転がっていけ。自由の在りかを探すのだ。
スカートの下では飽き足らない自分さがし。
日常の壁を突き破り、未知に向かって進むロックンロールという名の乗り物に乗った聖なる旅。
楽しい声。誰でも自由に飛び入りできる旅、若者、そして少年少女は塩化ビニールを手に旅に出た。大人たちは「不謹慎」「悪魔」のラベルを貼った。企ては成功したが、その光景を見ていたこどもたちはエルヴィスの軍服の下の身体にあったものを受け継いだ。
アイ・ガット・ア・ウーマン。その身体が縦横無尽、奔放に動いていて眩しい。
エルヴィスがモーゼの再来に見えたとしても決して不思議ではない。革命の旗手として先頭に立って、理性よりも確かな身体に真実を掲げて突き進んだのだから。
しかしーーーもしこのレコードを聴かない理由が不特定多数の「愛されすぎることへの嫌悪」だとしたら、「神のように崇められていることへの苛立ち」だとしたら、間違った選択だ。それらはエルヴィスとは何の関係もないことだと言える。
自分のままでいいことを知ったエルヴィスはただ御機嫌だっただけだ。それを伝えたかっただけだ。どうしてこんなふうに歌えるのか、それを考えてみるだけでも、聴く価値はあるし、人生を楽しむという点において間違いなく貢献するだろう。こんなふうに歌える者はいないのだから。
バレンタインデーがやってくる。
自由の女神に愛された男たちがいる。2001年9月11日の朝、アメリカでもっとも有名になった言葉。テロリストに向かって行った人たちの最期の言葉、「よし、いくぞ」にたくさんの愛を。
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