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これは正確にはブルースだ。しかしロックンロールに聴こえる。カッコいい。強烈な存在感。
この世では「天使」「悪魔」という言葉が日常的に見かける。それにしても出会ったことはほとんどない。ロバート・ジョンスンは悪魔と出会った男だ。ジョンスンが残した作品の曲と曲の間を自由には悪魔が往来している。ジョンスンは自由に語りかける。この語らいをどこで聴けばいいのだろうか?
オーディオ機器の前に座ってか?あるいは青空の下で?雨降りの町の四つ辻で聴くのが一番似合う。
ロバート・ジョンスンは放浪のブルース・マンだった。本物のサウンドを聴きながら自分にふさわしい居場所がどこなのか、町に出て考えてみるのがいい。目の前を悪魔が通過するかも知れない。もしかしたら天使の肩を抱いて歩いているかもしれない。その道を越えてもいい。越えなくてもいい。選択するのは自由だ。越えることで何かを捨てる必要があるかも知れない。越えないために諦めるものがあるかも知れない。人生はいくつもの別れの交差点がある。
「とてもおれはさびしいよ、おれのうめきが聞こえるだろう」艶っぽい声だ。こんなに艶っぽい声を出せるのは、ジョンスンとエルヴィス・プレスリーだけだ。
艶は喜怒哀楽がこころに沈澱していって生じたかも知れない。悪魔と語ることができるほどの静かな喜怒哀楽。ボブ・ディランはプラスチックのレコードの溝の中に汽車の吐き出す煙に汚れた鉄の塊のような喜怒哀楽を探したかも知れない。そしてひとりでこそっと涙したかも知れない。あるいは好きな女の裸を空想したかも知れない。「おれのライトをつけたのに、この警笛はならないんだ。接続が悪いんだ、下の方がさ」
TERRAPLANE、テラプレインとは1930年代の自動車の名前だ。しかしこの歌でのテラプレインの本当の意味は女性の性器のことだ。
「このおれのうめきが聞こえるか?誰がおまえのテラプレインを運転したんだ?おれのいない間に」
このギターは驚愕だ。すべてひとりでプレイしている。このギターを全部自分ひとりで弾いた上に自分で歌っている。その上悪魔と語りあっているのだ!「この接続に分け入って、おまえのワイアとからみたい」
やがて悪魔の耳もとでうめく「おまえの発火栓でおれは燃え上がる」 |